- 2021/08/02
【有名な短歌】現代歌人の作品から季節・恋の短歌まで一挙ご紹介
SNS時代の今こそ短歌を!31文字が秘める無限の表現世界。Twitterやインスタでの短文投稿に慣れ親しんだ人にこそ触れて欲しいのが短歌です。今回は注目の現代歌人の作品から、叙情豊かな四季や恋を詠んだいにしえの歌まで、人々の営みを感じられる和歌をご紹介します。
令和の今、短歌が静かなブームに
短歌というと「昔の時代のもの、お勉強的なイメージのもの」と思っている人、いませんか?実は最近、短歌や俳句が静かなブームとなっているんです。
その大きな理由の一つが、SNS。
SNSと短歌や俳句との共通点は"字数制限"。例えばTwitterは140文字という短い制限があります。ほか、多くの人が利用するInstagramやFacebookも、制限はTwitterよりは長いものの長文の投稿ってあまり見かけないですよね。
端的に、シンプルに、パッと内容が把握できる投稿の方が、より多くの人の目に留まるからです。
まさに古の時代から人々が親しんできた短歌はSNSのようなもの!
今回はインターネットやSNS上で活躍する現代歌人や、万葉の時代から愛されてきた古代短歌、近代短歌などたくさんの歌をご紹介しますので、ぜひこれを機に短歌の魅力を知ってもらえたらと思います。
【短歌とは?】俳句、川柳との違いも
まずは短歌の基本から押さえておきましょう。よくある質問「俳句と川柳などとの違いは?」についてもあわせてまとめてみました。
【短歌とは】 | ● 五・七・五・七・七 の31文字で詠む歌。(季語は不要) |
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【和歌とは】 | ● 中国伝来の漢詩に対して、日本で詠まれた詩という意味 |
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【短歌と和歌は違うの?】 | ● 短歌は和歌のうちの一つの形式
※もともとは大和歌(やまとうた)と呼ばれる
➡ 大和歌は数種類(長歌・短歌・旋頭歌・仏足石歌)
に分類される
➡ そのうちの短歌が主流となり現代に至る。
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【短歌の歴史】 |
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● 記紀歌謡(古事記、日本書紀所載の歌) | ● 飛鳥時代の万葉集(日本最古の歌集) |
【俳句、川柳との違い】 | ||
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文字数 | 季語 | |
短歌 | 五・七・五・七・七 | 不要 |
俳句 | 五・七・五 | 必要 |
川柳 | 五・七・五 | 不要 |
【結社・同人とは】 | |
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結社 | 歌人のグループ。主宰者と選者がいて、投稿された短歌の中から選んで結社誌を作る。 ※費用はメンバーで負担。 |
同人 | 歌人のグループだが選者はおらずメンバーは対等の関係。協力して同人誌を作る。 ※費用はメンバーで負担。 |
いかがでしょうか。ざっと大まかにですが短歌についての基本的知識をまとめましたので、これをふまえて以下のおすすめの短歌をご堪能下さい。
【現代短歌】注目の歌人たちとおすすめ短歌をご紹介
ここからさっそくおすすめの短歌へ!まずは現代に生きる歌人たちの作品を<歌人別>にご紹介します。平易な言葉、読みやすい口語体で詠まれた作品がほとんどですので、年代や性別問わず入りやすいと思います。パッと読んだ第一印象や、何度も読み返して思いを巡らすなど自由に感じるまま、味わってみてくださいね。
穂村 弘
現代短歌を語るうえで欠かせない歌人・穂村弘さん。今を生きる人間の生々しさや、ユーモアも感じさせる彼の歌は「なんだか難しそう」というイメージのあった短歌の世界の壁をぶち破ってくれました。また笑えるエッセイの名手としても評価が高く「短歌よりエッセイのファン」という人も多くいるようです。
「とりかえしのつかない
ことがしたいね」と
毛糸を玉に
巻きつつ笑う
許せない自分に気づく
手に受けた
リキッドソープの
うすみどりみて
こわくなる
こともあるよと
背を向けたまま
鳥かごの窓を鳴らして
終バスにふたりは眠る
紫の<降りますランプ>に
取り囲まれて
こんなめに
きみを会わせる人間は、
ぼくのほかには
ありはしないよ
それはそれは
愛しあってた脳たちと
ラベルに書いて
飾って欲しい
幸福感と不安感が絶えず漂う、若い恋の息遣いがどの歌からも伝わってきて読み手も過ぎ去りし日を思い出してみたり。誰かの歌の中に重なる自分の思い出を見つけるのも、短歌の楽しみ方の一つです。
サバンナの象のうんこよ
聞いてくれる
だるいせつない
こわいさみしい
「吼え狂う
キングコングの
てのひらで
星の匂いを
感じていたよ」
こちらの二首、意味を考えようとすると「?」となりますが、何となく浮かぶイメージと心地良いリズムに惹きつけられませんか?頭をからっぽにして、ただ歌の世界を楽しむもよし、です。
桝野 浩一
自称"世界一売れてる現役男性歌人"というお茶目な桝野浩一さん。コピーライター等を経て短歌の世界へ飛び込んだ桝野さんは他にも作詞、漫画や演劇の評論、小説やエッセイの執筆など、言葉を扱う仕事で広く活躍しています。また短歌界の結社や同人に所属しない"独立系歌人"として活動しながら「短歌を難しく考えず、もっと気楽に楽しんで欲しい」とネットなどで短歌の魅力を発信。若い人からの支持が高く今後の短歌界をリードする一人です。
こんなにも
ふざけたきょうが
ある以上
どんなあすでも
ありうるだろう
殺したいやつがいるので
しばらくは
目標のある人生である
本当のことを
話せと責められて
君の都合で決まる本当
冗談はさておき
という一言で
気づきましたよ
冗談ですか
「複雑な気持ち」
だなんてシンプルで
陳腐でいいね
気持ちがいいね
どれもかんたんな言葉の構成ですが、ドキッと胸に刺さりませんか?何気ないやり取りの言外に漂うニュアンスを的確に表現できる恐るべき才能の持ち主。許せない奴、自分勝手な恋人、うわべだけの取引先…などつい頭に浮かべてニヤッとしながら読みたい短歌。"名言集"として部屋に飾りたいくらいです。
桝野浩一さんの本をもう1冊ご紹介。"かんたん短歌"を広く提唱する桝野さんが、一般の人に『ドラえもん』をテーマに募った短歌集です。誰もがご存知の『ドラえもん』を31文字で詠むという斬新なイベント。インターネットを中心に呼びかけが行われ、大いに盛り上がりました。合間に『ドラえもん』の漫画の1コマやひみつ道具も挟まれてますので、小学生~中高生にも面白く読める本ですよ。
ちょっといい気に
なってたな
忘れてた私のくせに
のび太のくせに
自転車で
君を家まで送ってた
どこでもドアが
なくてよかった
どんな夢もかなえる
不思議なポッケでも
夕方の僕は
救えなかったよ
大丈夫
タイムマシンが
なくっても
あの日のことは
忘れないから
思わずプッと吹き出しちゃう笑える歌から、油断するとつい涙が…というホロリとさせられる歌まで、驚くほどさまざまなドラえもん短歌が!多くの人が子どもの頃に見ていたドラえもんに「大人になった今の自分」の状況を重ねるのか、ノスタルジックな歌が多いように思います。それにしても"無名の歌人"たちのなんと才能豊かなことか…短歌の可能性を改めて実感させてくれる歌集です。
工藤 吉生
上記の『ドラえもん短歌』に興味を持って短歌の世界へ入ったのが工藤吉生さん。現在40代前半の工藤さんは、失恋を苦にした高校時代の自殺未遂や交通事故被害などの過去を短歌にし、その濃い作品性から短歌界でも高い評価を受けています。
青い春
恋がこころに
満ち満ちて
好きでたまらぬ
たまらず好きだ
目が合った
あなたは去った
軽蔑に致死量がある
ことがわかった
とぶために四階に来て
はつなつの
明るいベランダに
靴を脱ぐ
十七の春に
自分の一生に
嫌気がさして
二十年経つ
人生を
やってることには
なってるが
あまりそういう
感じではない
上から三首まで高校時代の失恋~校舎での飛び降りを歌ったものです。振り返れば笑い話になる失恋も、その当時は生死に関わるほどの重大事。生々しさが伝わってくる歌の数々に、つい引き込まれてしまいます。工藤さんは本作刊行後も短歌専門誌への投稿やラジオ出演、Twitterなどにて精力的に活動中。Twitterでの<現代短歌bot><あたらしい短歌bot>(※bot~自動で発信されるツイート)の管理も担うなど、SNSで短歌の魅力を拡散してくれています。
さよならをあなたの声で聞きたくてあなたと出会う必要がある 枡野浩一 #短歌
— 現代短歌bot (@gendai_tanka) July 27, 2021
コンビニに生まれかわってしまってもクセ毛で俺と気づいてほしい 西村曜 #短歌
— あたらしい短歌bot (@tankabot_1980) July 30, 2021
俵 万智
1987年に発行された『サラダ記念日』の大ヒットにより、革命的に短歌を広く知らしめた功績者。恋愛や不倫などをテーマに、等身大の若い女性目線で詠んだ赤裸々な短歌は短歌界を超えて世の人々に衝撃を与えました。普段心で思う事柄をごく自然にさらりと31文字で表現する才能に、「与謝野晶子の再来!」との声も上がるほど。また下記で紹介する多くの若い歌人に多大な影響を与えています。
君を待つ
土曜日なりき
待つという
時間を食べて
女は生きる
君を待つ
ことなくなりて
快晴の土曜も
雨の火曜も同じ
この二首を並べるだけで観えるドラマがありますよね。恋の最中と終わった恋。これだけでも短歌の雄弁さを感じることができ、痺れてしまいます。
「30までブラブラするよ」
と言う君の
如何なる風景
なのか私は
気づくのは
何故か女の役目にて
愛だけで人(ひと)
生きてゆけない
ブライダル・ベール
という名の植物を
窓辺に吊るす
我が青春忌
若い恋の結末を辿るかのような三首。歳を重ねて現実を見据える女と、生活力の乏しい男の間に無常に広がる溝…そんな空気を想像してしまいます。三首目の「青春忌」という造語が作者の天才的な言語センスを感じさせます。
四万十に
光の粒をまきながら
川面をなでる
風の手のひら
なんて素敵な歌でしょうか。キラキラ光り輝く川面を、風を擬人化して詠むという、巧みでありながら奇をてらった感はまったくない、まさに天賦の感性が光る俵万智さんの作品。
ひかれあうことと
結ばれあうことは
違う二人に
降る天気あめ
好きな気持ちだけでは成就できない、そんな恋を歌ったのでしょうか。同じような経験をした人にはより深く響くのでは。重く悲しい状況の歌かもしれませんが、口に出したときのリズム、ひらがなの使い方、そして最後の"天気あめ"が絶妙に効いている洒脱な一首。
伊波 真人
1984年生まれと短歌界の中でも若く、短歌以外に音楽、映画、映像ジャンルなどにも造詣の深い伊波さん。ポップスの作詞も手掛けるなど豊かな才能は羨ましい限り。キリンジのファンとしても知られており、なんとボーカルの堀込高樹さんが歌集の帯に紹介文を寄せてくれています。
夜の底映したような
静けさをたたえて
冬のプールは眠る
生きるとは
死へ向かうこと
薄明は
部屋を青へと
染め上げていく
自転車の
ヘッドライトの光線は
闇から闇へ渡す架け橋
夜を歌った三首。しんとした静寂が支配する夜、空気の冷たい夜、そんな空気を感じます。映画のワンシーン、ワンカットを表現したような、映像が浮かぶ歌が伊波さんの特徴。自身も短歌について「カメラで世界を切り取るよう」と語っています。
転調をくりかえしつつ
生活は
譜面に眠る
まだ見ぬ音符
あまたある
花言葉にもない気持ち
抱えてあゆむ
春の舗道を
出会いと別れを繰り返しながら、必ずやってくる一日と巡る季節を生きる私たち。不安定で不確かで、でも希望を抱えて生きる――歌の歌詞のようにも読める素敵な短歌がたくさん載っています。
山田 航
1983年生まれ、北海道出身の山田さん。いじめを連想させる暗鬱な学校の歌、故郷の街を乾いたタッチで切り取る歌など、世代を代表するような短歌たちは各方面から高い評価を得て、デビュー作『水に沈む羊』が角川短歌賞、現代短歌評論賞をダブル受賞するなど気鋭の歌人です。
便器の底の
水の向かうにしらじらと
顔を蹴られて
ゐる僕がゐた
溺れても
死なないみづだ
幼さが凶器に変はる
空間もある
整然と並ぶ机の
隙間には
無数の十字架
(僕には見える)
作者の体験なのかはわかりませんが、学校の便所でむごいいじめを受けている状況が生々しく浮かぶ二首は読み手も辛くなってしまうほど。また教室内に見える十字架…「学校は墓場」とも取れる暗鬱な歌たちですが、共感できる人も多いのではないでしょうか。
簡単に生きてみるのは
もう止めにするんだ
風が唸る屋上
水張田の面を輝きは
なだれゆき
快速列車は
空港へ向かふ
ささやかながら前を向いて歩もうとする心意気が感じられる歌です。長い人生の中での学生時代は短い期間ですが、その渦中にいるとそうは思えないもの。共感できる、励みになる、そんな自分の支えとなるような短歌とぜひ出会って欲しいと思います。
木下 龍也
こちらも伊波真人さん、山田航さんと同じ1980年代後半生まれの若手歌人。穂村弘さんの短歌に感銘を受け、23歳から歌を詠み始めたという期待のホープ。日本を代表する歌人の大家たちによるスカウトを受けて歌集を刊行し、下記で紹介する『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』(岡野大嗣と共著)は短歌集として異例の発行部数を記録しました。
折り入って
何か話があるような
顔で夜ごとの
母のおやすみ
この世から
発つ時間だけ教えられ
日々がこわくて
たまらなくなる
ね え見て よ
この 赤 今後
見せ られる
ことな いっすよ
この量の 赤
自身の公式ブログを
更新した
僕はタイトルを
「やりました!」と題し
うつむいて
何も言わない母さんに
殴られたくて
遺影を殴る
本書は木下さんと岡野さん二人の歌人が高校生に成り代わって編んだ、ストーリー性を持つ独創的で挑戦的な歌集。7/1、7/2…と日付ごとの章立てですが7/4の次に7/7がきて、その後に7/5、7/6と続きます。何気なく読み進めていくうちに忍び寄る不穏な雰囲気…「いったいどんな物語を詠んでいるの⁈」とドキドキさせられる、まるでミステリー小説のような短歌集。後にも先にもこのような歌集を読んだことはありません!衝撃の1冊です。
小佐野 彈
慶応義塾大学経済学部出身で現在台湾在住、現地で和風カフェのチェーン展開を手がける小佐野さん。実業家と歌人という二つの顔を併せ持つ異色な経歴の持ち主。また、小佐野さんは中等部の頃に同性愛者であることを自覚してから長い葛藤の時間を経て、俵万智さんに大きな影響を受け、自己表現の手段として短歌を詠むようになったそうです。
家々を追はれ抱きあふ
赤鬼と青鬼だつた
われらふたりは
ママレモン香る朝焼け
性別は柑橘類と
しておく いまは
どれほどの量の酸素に
包まれて眠るふたりか
無垢な日本で
なにもかも
打ち明けられてしんしんと
母の瞳は雨を数へる
最後まで父と息子になれざりし
ふたりを穿つ一本の棘
ほんのごく一部のご紹介ですが、どの歌からも作者の切実な心のうちが伝わってきます。本書のあとがきに「僕はこの三十一音の前では常に裸でありたい、短歌の前でだけは、決して強がらず、虚勢をはらず、ありのままの僕でありたい(※一部抜粋)」と書かれています。 小佐野さんにとって、生きるために不可欠なものとなった短歌。それを本として発表してくれたことで、また救われる人がいる――短歌の持つ力に、ただただ感動するばかりです。
「ごめんね」と泣かせて
俺は何様だ
誰の一位に
俺はなるんだ
新人を叱る先輩
売れてない
人の振り見て
我が振り直せ
千円を前借りにして
口にする
おにぎり一個の
我の悔しさ
今日もまた
売れない僕は酔いつぶれ
思い出すのは
母の泣き顔
歌舞伎町
東洋一の繁華街
不要不急に殺される街
小佐野さんが、尊敬する歌人・俵万智さん、野口あや子さんと共に編著したこちらの歌集。「ホストが短歌を詠む」という何とも興味が惹かれる企画で、もともとはホストクラブなどを経営する会社が、小佐野さんの出版記念イベントでホストに即興で短歌を作らせたのがきっかけだったそうです。それから毎月歌会を開催するようになり、本書を上梓する運びに。会社代表者の手塚さん曰く「飲み屋での話は短文の掛け合い、ダラダラ喋らない。だからホストは短い言葉に思いを込めるのが上手いんじゃないか?」との閃きから生まれたこの企画。笑える歌、唸るほど深い歌などまさに百花繚乱。ぜひ手に取って読んでみてください。
鳥居
幼い頃に両親が離婚し母子家庭に。その母が目の前で自殺するという痛ましい過去を持つ鳥居さん。保護者を失い、入れられた養護施設では虐待に遭い、退所後はホームレス状態の生活で自殺も考えたと告白しています。そのような想像を絶する日々で鳥居さんの希望の光となったのは、偶然出会った短歌でした。
錆びている
ブーツの金具
入水した
深夜の海を
忘れずにいて
いつまでも
時間は止まる
母の死は
巡る私を
置き去りにして
夢のなか
母さん探す
木造の
アパートすでに
壊されしのち
爪のない
ゆびを庇って
耐える夜
「私に眠りを、絵本の夢を」
目を伏せて
空へのびゆく
キリンの子
月の光は
かあさんのいろ
耐え難かったであろう過去の出来事を、遡って見つめて詠んだと思われる歌の数々に、読み手は言葉を失います。「一人の女の子の身に、本当にこんな出来事が…」と絶句してしまう境遇を、作者は短歌によって生き延びることができました。上記で紹介した小佐野さんと同じく、生きるために短歌が必要で、短歌に救われたと語る鳥居さん。31文字に託された言葉のバトンを、多くの人に受け取って欲しいと願わずにいられません。
萩原 慎一郎
17歳のときに俵万智さんに影響を受け短歌を詠み始めた萩原さん。短歌界の評価も高く30歳を迎えてから怒涛の受賞ラッシュ、そして2017年に念願の初歌集を出版する運びとなりました。しかし、初歌集の発売を待たずに、同年萩原さんは自死してしまいます。実は萩原さんは私立中高一貫校時代にいじめを受けたことから精神的不調が続き、就職も思うように叶わず、人知れず生きづらさに思い悩んでいたとのことです。悲しいことに初の歌集が彼の遺作となってしまいました。
抑圧された
ままでいるなよ
ぼくたちは
三十一文字で
鳥になるのだ
恋人が欲しと
にわかに願いたる
われは
二十代後半となる
ぼくも非正規
きみも非正規
秋がきて
牛丼屋にて牛丼食べる
こんなにも
愛されたいと思うとは
三十歳になってしまった
癒えること
なきその傷が
癒えるまで
癒えるその日を
信じて生きよ
きみのため
用意されたる滑走路
きみは翼を
手にすればいい
いじめ、非正規雇用…現代の日本で解決されることのない問題に直面した作者だからこその、心の叫びのような歌たちが哀しく胸に響きます。しかし萩原さんが短歌という翼を得て一生懸命に生き抜いていたことが、収められた歌から切に伝わってきます。この『滑走路』は生きる辛さに寄り添ってくれる、そんな歌集だと思います。
萩原さんの遺作となった歌集『滑走路』を原作とした映画が2020年11月に公開されました。内容は、厚生労働省の若き官僚が非正規雇用が原因で自死した人々の調査を手掛けることから始まるオリジナルストーリー。それぞれの悩み、生きづらさを抱えた登場人物が交差するヒューマンドラマとなっています。
【古代・近代の短歌】季節感あふれる叙情豊かな歌をご紹介
こちらでは古代~近代に詠まれた短歌を<季節別>に選んでご紹介します。日本の地に生きた人々の「昔も今も人間が感じる事柄に大きな変わりはない」ということが短歌から伝わってきます。美しい日本の四季の歌、苦しく切ない恋の歌などたくさんの短歌に触れて、何百年も前の人々の営みに思いを馳せてみませんか?
(※注:現代語訳を添えてますが、あくまでも本記事での解釈となりますのでご了承ください。)
【春の短歌】
降るは涙か
さくら花
散るを惜しまぬ
人しなければ
(訳)春の雨が降るのは涙だろうか 桜が散るのを惜しまない人はいないのだから |
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桜を詠んだ歌。桜を愛でる心は日本人のDNAに組み込まれているかと思うほど特別な感情を抱くものですよね。時は違えど、同じ気持ちで桜を見ていると思うと古の人にも親近感が湧きます。 |
霞たなびきこころぐく
照れる月夜に
ひとりかも寝む
(訳)春日山に霞がたなびき心が内にこもる月夜に私は一人で眠ります |
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この歌は恋する男性に向けて「一人で寝るのが寂しい」と会いたい気持ちを遠回しに詠んだ歌です。今も昔も恋人と会えない寂しさにかわりはないのでしょう。 |
わが身のはてや 浅緑
つひには野べの
霞と思へば
(訳)あはれなものだ 私の亡きがらは最期、浅緑の煙となって野を漂うと思うと |
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世界三大美女の一人とも言われる有名な歌人・小野小町。彼女の辞世の句(死を前に詠んだ歌)と言われています。人生の儚さ、またそれゆえの生命の尊さを感じ取ること |
なりにし奈良の
都にも 色は変らず
花は咲きけり
(訳)ふるさととなった奈良の都にも、昔と変わらぬ色で花は咲くものだ |
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奈良から京都へ遷都したのちに、奈良へ戻り住んだ詠み人が昔を偲んで詠んだ歌。詠み人の平城帝は平城天皇であると言われています。 |
筑前博多の帯をしめ
忍び来し夜の
白ゆりの花
詩人でもある北原白秋が若い頃に詠んだ恋の一首。まるで白百合のように美しい着物姿の女性が夜にこっそり会いに来てくれる…高揚した恋情を抑えるかのような美しい歌ですが、何だかこちらがドキドキしてしまいますね。 |
【夏の短歌】
七日の夜のみ
逢ふ人の
恋も過ぎねば
夜は更けゆくも
(訳)七夕の夜だけ逢える恋人との一夜は満足していないうちに夜が明けてしまう |
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思ひますらむ
こころより
見るわれ苦し
夜のふけゆけば
(訳)彦星さまのお気持ちより地上で見ている私の方が苦しい 別れの夜明けが近付くと |
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わびしきことは
夢をだに
みるほどもなく
あくるなりけり
(訳)夏の夜の侘しいことといったら、夢をみることさえなく明けてしまうことよ |
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七夕や夏夜の短さに恋の切なさを重ねて詠んだ歌三首です。一首目、柿本人麻呂という名前は授業で習ったけどこんな情熱的な和歌を作っていたなんて!驚きですよね。七夕伝説に自らの恋をなぞらえるなんて万葉の人々はロマンティックだったのでしょう。 三首目、夏の夜の短さを詠んだ歌ですが恋人との短い夜を惜しんだ歌という解釈もあるようです。さすが絶世の美女と言われる小野小町、憧れてしまいますね。 |
花櫛したる頭をば
うち傾けて
なげく夕ぐれ
ほてりたる
わが頬をうずめんと
するに紫陽花くらし
俳句などでは夏の季語である紫陽花(アジサイ)を詠んだ歌二首を並べてみました。紫陽花は雨の日により美しさをみせる花。与謝野晶子も寺山修司も、どこか物憂げでひんやりとしたイメージを巧みに詠んでいます。 |
立つ雲の峰
風をなみ
群るる白帆の
上をはなれず
濃い青空と紺碧の海原、真っ白な帆を張る舟とその上に鎮座する入道雲。真夏らしい情景を切り取った絵画のような短歌です。 |
藤色衣直雨に
濡れて帰り来
その姿良し
最後に梅雨の短歌を一つ。与謝野晶子の夫・鉄幹が、雨に濡れて帰宅した着物姿の晶子を「姿良し」と称えています。藤色の衣というものまた美しい、夫婦愛が感じられる素敵な歌。 |
【秋の短歌】
秋風寒く拭きなむを
いかにかひとり
長き夜を寝む
(訳)これから冷たい秋風が吹く季節なのに、どうやって一人で長い夜を寝ればよいのか |
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これは大伴家持がまだ若かった妻を亡くした悲しさを詠んだ歌です。冷たい秋風が寂しさ、孤独感を一層募らせる心境が伝わってきます。(のちに家持は再婚したようです。) |
国は同じぞ山隔り
愛し妹は
隔りたるかも
(訳)月を見れば同じ国にいるとわかるのに、でも山を隔てて愛しいあの子と離れているのだなあ。 |
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夜月を見上げて遠く離れている恋人に思いを馳せる…昔も今も変らぬ人間の切ない心を読むことができますよね。「離れていても同じ月のもとにいる。」遠距離恋愛中の人にもグッとくるいにしえの短歌。 |
空のかがみと
見るまでに
秋の夜ながく
てらす月かげ
「空の鏡」とは秋の名月を表す言葉。秋の夜長、しんと澄んだ夜空に冴え冴えと光り輝く月。かの有名な女流歌人・紫式部も思わずその月光に見とれてしまったのでしょう。 |
散りぬる奥山の
もみぢは夜の
錦なりけり
(訳)見る人もないまま散ってしまう山の紅葉は夜に錦の衣を着ているようなもので美しさの甲斐がないものよ |
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「夜の錦」とは「(綺麗な錦も闇では見えず)意味がない」という表現になります。山奥でひっそりと美しく色づく紅葉を歌にするなんて、さすが紀貫之…侘び寂びを感じますね。 |
街樾にポプラに秋の風
吹くがかなしと
日記に残れり
石川啄木がわずか2週間ほどの札幌滞在中に歌った、秋の札幌の冷たい空気を叙情豊かに表現した一首。アカシア、ポプラとも札幌の街中を彩る印象的な樹木であり、市内の公園にこの短歌の歌碑も設置されています。 |
径をのぼりて木犀の
香を嗅ぐころぞ
秋はれわたる
秋を代表する植物・金木犀。何と言っても独特の芳香を放ち人々の記憶に棲みつく花で、古今東西あらゆる文学や歌に登場しています。この歌は、秋特有の天高いすっきりとした青空と黄金の花とのコントラストを美しく表現しています。 |
【冬の短歌】
有明の月と
見るまでに
吉野の里に
触れる白雪
(訳)夜明けのころ残月の明るさかと見間違えていた、吉野の里に降った白雪を |
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雪の降る地域にお住まいの人ならよくわかる歌ではないでしょうか。夜の間に降った雪が白く明るく見える、そんな冬の情景を素直に表現した一首です。 |
朝の舗石さくさくと
雪よ林檎の
香のごとくふれ
春の短歌でも紹介した北原白秋。明治生まれで日本を代表する詩人であり歌人。また多くの童謡の作詞家としても知られています。そしてこの短歌、「君かへす朝」「林檎の香」など一見ロマンチックな恋の歌かと思いますが、なんと「隣家の人妻との不倫」を詠んだ歌なんです。当時、不倫は犯罪行為。秘められた恋は明るみとなり二人とも逮捕されました。その後、二人は結婚するも離婚へ。白秋の激動の人生に興味のある方は、ぜひ調べてみてくださいね。 |
子供の傍を通るとき
蜜柑の香せり
冬がまた来る
街を歩いているときにすれ違った子どもからフワッと漂う蜜柑の香りに、冬の訪れを感じたという歌。これぞ短歌、31文字の豊かさに感じ入るばかりです。 |
飾る灯の
窓を旅びとのごとく
見てとほるなり
大野誠夫さんは戦後の都市風俗を新感覚で詠んだ意欲的な歌人として活躍しました(1984年没)。クリスマスという行事がまだ庶民のものではなかった時代、窓一枚隔てた間の遠い距離感を感じさせる歌。 |
ボート難民の
リアルなる渚を
思ふ冬の入口
1928年生まれの馬場あき子さんは日本を代表する歌人であると同時に、短歌の普及や後進の指導にも尽力されました。数々の短歌賞受賞や、2019年には「短歌において日本の財産とも言うべき境地を確立した」として文化功労者に選ばれました。紹介した一首は冬の海の寒さと、ジャーナリズムをも感じさせる広い視点が合わさった一首。 |
【気持ちが伝わる短歌】
これまで<季節>をテーマに詠んだ短歌を紹介してきましたが、最後に、数多ある素敵な短歌の中から特に<歌人の気持ちが込められた短歌>をまとめてご紹介したいと思います。時代やテーマはさまざま、ぜひ短歌の魅力をこちらでも感じてみてください。
母が手放れ
かくばかり
術なきことは
いまだなくせに
(訳)母の手から離れてからこんなにどうしようもない想いは初めてです |
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物心つき恋を覚えるようになった少女が、恋の切なさ苦しさを率直に歌った一首です。母の庇護のもと過ごしていた幼少期から大人への階段を登る途中のこの気持ち。いつの世も同じなのですね。 |
生命の末に生れたる
二つの心そと並びけり
一大事なりわが胸の
秘密の扉誰か開きぬ
心に秘めた情熱を詠んだ上記二首は柳原白蓮の短歌。時は明治、華族の妾の子という複雑な出自の白蓮は、わずか15歳で強制的な結婚、出産を経験するという過酷な人生を強いられます。そんな白蓮を支えたのは短歌を詠むことでした。真っ直ぐに心のうちをさらけ出す短歌は人々に感動を与え、その後、強い意志で人生を取り戻した白蓮は多くの文化人に愛され、菊池寛の『真珠夫人』のモデルにもなりました。現在でもドラマや書籍の主人公として数多く取り上げられています。 |
つかのま海に
霧ふかし
身捨つるほどの
祖国はありや
夏の短歌でも紹介した寺山修司の短歌です。彼については劇団「天井桟敷」の主宰者、また戯曲家という肩書をイメージする人が多いと思いますが、もともとは短歌を詠む歌人として世に出た人でした。その他、評論、詩、映像などの分野でも多彩な才能を見せるなど稀代の表現者に。そんな彼が詠んだ有名な短歌がこちらです。まだ若かりし頃に祖国を憂う暗鬱な心情を詠んだハードボイルドな一首。 |
うら若きこゑよ
喉ぼとけ
桃の核ほど
ひかりてゐたる
自分を呼ぶ彼氏の喉ぼとけをみて、ふと「桃のたねのよう」と感じた瑞々しい歌です。季節を表す以外にも、果物や木、花など植物は短歌の中で特別な存在感を醸し出します。ぜひ探してみてくださいね。 |
【短歌の本】短歌に興味を持ったら~こちらの本もおすすめです
最後に、短歌に興味が湧きましたら、ぜひ関連本も読んでほしいと思います。入門編にぴったりな本からちょっと変わった視点の短歌集まで、ほんの少しですがご紹介します。
まずは<短歌入門>にぴったりなこちら。短歌総合誌『短歌研究』で投稿作品のコーチも担当していた作者が、やさしくわかりやすく短歌のつくりかたを教えてくれています。また古代から現代までたくさんの短歌を実際に引用して解説してくれているので、歌意や鑑賞の極意などを勉強しながら楽しめるのも本書のおすすめポイントです。
『怖い短歌』とのタイトル通り、古今東西の怖い短歌を集めたアンソロジー歌集。さて怖い短歌とは?「どんよりと くもれる空を見てゐしに 人を殺したくなりにけるかな(石川啄木)」「腸詰に長い髪毛が交つてゐた ジツト考へて 喰つてしまつた(夢野久作)」…いかがでしょう、こんなぞわっと身の毛のよだつような歌もあるのですね。興味ある方はぜひご一読を。
まとめ
今回は古代から現代まで時代を超えて有名な短歌をご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。31文字の世界がこんなにも豊かで、饒舌で、深いということに驚きますよね。
「なんとなく難しそう」と敬遠していた人にも、ぜひこれを機に短歌に興味を持ち、多くの作品に触れてもらえたら嬉しいです。
ライティング担当 : otake札幌在住の40代2児の母。趣味は読書。小説からエッセイ、漫画まで何でもこいの雑食派。好きな作家は横山秀夫、誉田哲也、角田光代、篠田節子、乃南アサなど。とくに人間の本音や心の闇に迫る作品に惹かれる。テレビも好きで、笑えるバラエティで忘れた笑顔を取り戻す。一度手放した思い出の漫画たちを買い戻すことを目標に日々働く。すべての家事を終えて飲む一杯が一番の癒し。 |