- 2022/03/17
【平家物語】328文字であらすじを紹介 滅びと鎮魂の物語
鎮魂を祈り、語り継がれてきた儚い滅びの物語、『平家物語』。仏教観が根底にある大古典は、成立から800年以上もの間、数々の芸能や文化に影響を及ぼしてきました。【祇園精舎の鐘の声】でもお馴染みのあらすじと簡単な概要を、古本店のスタッフがわかりやすくご紹介します。
平家物語とは
"祇園精舎の鐘の声"から始まる、『平家物語』。授業で暗記した、という方も多いのではないでしょうか。平家物語は、鎌倉時代に栄華を誇った平家の盛衰を描いた、軍記物作品です。有名なエピソードは知っていても、実はその内容をよく知らないという方も、同様に多いのではないでしょうか。国民文学である『平家物語』。そのあらすじと魅力を、古本店のスタッフが簡単にご紹介します。
①『平家物語』の作者は?成立は?
『平家物語』は古典文学のため、不明な点が数多くあります。実は『平家物語』という題名も後年につけられたもので、正式名称は不明です。
● 作者 ▶不明
● 成立年代 ▶不明
● 現存 ▶なし(ただし書写された多くの諸本が現存)
①作者
現在でも不明です。一番有名な説は、信濃前司行長(しなののぜんじ ゆきなが)とされています。こちらも有名な古典、兼好法師による『徒然草』内で、「信濃前司行長という人が書き、盲目の僧に伝えて語らせた」という記述によるものです。諸説があり、現在でも研究が進められています。
②成立年代
こちらも詳細は不明です。『保元物語』『平治物語』に続き、存在の記述が残っている『治承物語』という作品が、平家物語の正式名称ではないかと推測されています。こちらが1240年には存在していたという記述があることから、十三世紀半ばには成立していたとされる説が有力です。
③現存
琵琶法師により口頭で語り継がれてきた『語り本系』と、書物として書かれた『読み本系』としての二種類が存在します。私たちに広く知られているのは、琵琶法師たちが語るために書き綴られた『語り本系』の方です。日本の言葉である「和文体」と漢語の「漢文訓読体」を融合した、「和漢混交文(わかんこんこうぶん)」で書かれています。情緒的な和文と力強い漢文によるリズミカルでドラマティックな言い回しが、琵琶法師による節を付けて歌う「語り」に一役を買っています。(祇園精舎の鐘の声~の一節が、まさに体現していますね)
②328字でわかる『平家物語』あらすじ
『平家物語』はエピローグのような「灌頂の巻」と合わせ、全13巻構成とされるのが一般的です。簡単なあらすじはこちら。
▼平家物語あらすじ一覧▼
①平清盛が保元の乱・平治の乱で勝利し、武士として初めて太政大臣(総理大臣)となる
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②清盛が娘を天皇に嫁がせ、一族の人間を次々に要職へ就かせ、更に膨大な権力を得る
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③後白河法皇を筆頭とする勢力が「鹿ヶ谷の陰謀」で打倒平氏を目論むも失敗
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④後白河法皇の息子・以仁王(もちひとおう)が平家追討を諸国に命令、これを機に源頼朝などの反平氏勢力が各地で挙兵
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⑤「富士川の戦い」
〇 源頼朝 VS 平維盛 ×
▶水鳥たちが一斉に飛び立つ音を源氏の軍が攻めてきたと勘違いし、平氏軍が遁走したことで有名(維盛は、清盛の嫡男の嫡男)
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⑥清盛が病死
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⑦「俱利伽羅峠の戦い」
〇 木曽義仲 VS 平維盛 ×
▶闇夜に紛れ背後から奇襲をかけ、敵を谷に追い落としたことで有名。
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⑧頼朝が源義経に木曽義仲討伐を命令
「宇治川の戦い」
〇 源義経 VS 木曽義仲 ×
▶京都を制圧した義仲による不遜な暴虐ぶりなどから、討伐命令が出てしまう
▶女武者「巴御前」との別れでも有名
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⑨義経が、「一ノ谷の戦い」「屋島の戦い」と順調に勝ち進む
▶【一ノ谷】義経が騎馬隊を率いて崖から敵の軍勢を奇襲した「鵯越の逆落とし」や、熊谷次郎直実と平敦盛の最後が有名
▶【屋島】那須与一が80メートル先の船上の扇を射貫いたことで有名
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⑩義経の活躍により、「壇ノ浦の戦い」でついに平知盛・安徳天皇など平家の要が死亡
▶清盛の妻・時子が、幼い安徳天皇(清盛の孫)と三種の神器を携え「波の下にも都はございますよ」と入水する「先帝身投げ」で有名
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⑪頼朝が義経の討伐命令を出す「判官都落」
▶後白河法皇より高位を賜り、戦場でも多大な功績を上げすぎてしまったことなどにより謀反の疑いをかけられ、討伐命令が出てしまう
▶これ以降の義経の動きは『義経記』『吾妻鏡』『源平盛衰記』に記載
③創作?史実?『平家物語』の有名なエピソード
※「沙羅双樹」は、実は平家物語だと「夏椿」を指す
上記のあらすじを読んで、どこかで聞いたことがあった単語が、いくつかあったのではないでしょうか。他にも有名なエピソードのいくつかを、簡単にご紹介します。
浸かった水風呂が沸騰してしまうほどの、謎の熱病に苦しむ日々が続く清盛。ある夜、清盛の妻の時子が夢を見る。牛頭と馬頭が率いる火の車がやってきて、「閻魔庁から無間地獄行きの判決が下った」と告げられる恐ろしいものだった。夫の死を覚悟し、時子が清盛に遺言を訪ねると「自分の死後供養はしなくて良いから頼朝の首を墓前に供えよ」と、壮絶なものを遺されてしまう。その二日後、高熱で七転八倒ののち、清盛は悶絶死した。
▶供養をしなくても良い=成仏する気が無い、ということです。普通貴族は極楽浄土へ行くため供養を望みましたが、清盛は凄まじい執念でその逆を望みます。罪深いことだと物語は説いていますが、武士らしい最期だったとも言えるのではないでしょうか。
熊谷直実が大将のような軍装を纏った武者の首を討ち取ろうとしたところ、息子と同じ年くらいの若武者だった。なんとか助けたいと思うが、後ろから味方の軍が向かってきている。他の者に討ち取られるよりはと、熊谷がその首を斬ってしまう。失意の中、首を包もうと鎧直垂を解くと、若武者は腰に笛を差していた。戦陣に笛を携帯するなんてやはり高貴な方は風流だと、武士というものの無常さに涙し、出家を決意する。
▶もはや説明が不要なほど、有名な部分ですね。こちらはぜひ現代語訳を読んだ後に、原文を読んでいただきたい箇所です。和漢混交文による口語の方が、より一層の悲壮感と切なさ、無常観を味わえますよ。
平家軍総大将・平知盛(清盛の四男)が、敗戦を察し安徳天皇(清盛の孫)の船に参上。「もはやこれまでです。見苦しいものは海に捨ててください」と、自ら船内を駆け回り掃除を始めた。女房たちに戦況を聞かれ「珍しい東国の男をもうじき見ることになるでしょう」と笑い、大混乱の中、二位尼時子(清盛の妻)と安徳天皇の覚悟の入水を見届ける。その後「見るべきものはみな見届けた」と、鎧を二つ付け、家来と共に海に沈んだ。
▶清盛最愛の息子と称される、文武共に優れた知盛の最期です。二位尼と安徳天皇の入水が涙を禁じ得ないことは言わずもがな、ここまで勇猛に戦い抜いてきた平家方の武人の最期も、見事としか言いようがありません。
※平家の家紋は「蝶」
『平家物語』は長く愛され語り継がれる中で、さまざまな創作話が織り交ぜられ発展してきました。そのため『平家物語』諸本にも、興味深いさまざまなエピソードが存在します。
有名な所だと、読み本系のひとつである『源平盛衰記』。こちらの「俱利伽羅峠の戦い」では、木曽義仲が角にたいまつをつけた牛の大軍を放ち、敵を谷底に追い落としたエピソードが有名です。しかし、『平家物語』にはこのエピソードは存在しません。
また、同時期に残されている鎌倉幕府編纂の歴史書である『吾妻鏡』、同時代の大臣・九条兼実の日記『玉葉』と、違った視点から書かれた当時の記録もあります。こちらは『物語』ではないため、ほぼ史実として扱われることが多いです。近年では研究も進み、「一の谷の逆落としは鵯越ではなく別の場所」「屋島の戦いの前に義経と梶原景時の諍いは無かった」などの説が有力となりつつもあります。
読み本系である『延慶本』や、『長門本』、『源平盛衰記』『源平闘諍録』なども同様に、平家物語とは違った興味深いエピソードがたくさん残されています。ご興味を持った方はぜひ、『平家物語』だけではなく、諸本のチェックもおすすめします。
関連書籍・大河ドラマ・TVアニメ作品紹介
ここからは、平家物語を現代に伝える関連作品のご紹介です。数多くの中から、平家物語の入り口となるものを集めました。書籍・ドラマ・アニメとお好きな媒体でお楽しみください。
平家物語 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典
作品自体の全体像を知りたいならこちら。数々のビギナーズ・クラシックスシリーズを刊行している、角川ソフィア文庫版の平家物語です。全巻全章段の内容を縮約し、あらすじ・通訳・原文を網羅。語りを聞く平家物語の最大の魅力である、和漢混交文の魅力をそのまま味わうことができます。平家物語の原作そのものを知りたいけれど、重すぎる古語の本を何冊も読むのはちょっと…というお悩みを綺麗に解決。ふりがなつきのため、人名などの難読漢字もスムーズに読み進められますよ。
吉村昭の平家物語
巻末の解説までしっかりと読んでいただきたい。徹底した史実調査に定評のある『関東大震災』『桜田門外ノ変』の作者による、現代語訳です。文庫で一冊にまとめられているという時点で、すでにアドバンテージが高いですね!しかもどのページをめくっても、詰め込まれた文字による黒さがありません。この重すぎず軽すぎない絶妙なバランスの文脈が、万人向けとして最適です。大人から子どもまで、気負わず手に取ることができますよ。一冊にまとめたゆえの、本の厚みも全く気になりません。現時点に存在する世にあふれる大古典の現代語訳の中で、一番気軽に手に取りやすく一番読みやすいものはこちらではないでしょうか。ちなみに、こちらの初版である『少年少女古典文学館 平家物語』の下巻には、作者本人によるあとがきが記載されています。吉村版平家物語は、どのような心づもりで描かれたのか。敬意の念しか浮かばないそれを、ぜひその目でご確認いただけたらと思います。
眠れないほどおもしろい平家物語: なぜ、こんなにもドラマティックなのか
サラリーマンからカリスマ予備校講師となった著者による解説本です。耳なし芳一が語るというスタイルで進められる、一見するとエンタメ性の高い印象。しかし内容は「平氏と平家の違い」などきっちり本格的です。資料の写真やイラスト、表を駆使したレイアウトも読みやすく、語句解説などのコラムも充実。理解しやすく記憶に残りやすい工夫が、そこかしこにされています。ライトノベルのような感覚で手に取れるカバーデザインのため、授業で興味を持った中高生にも、手軽に平家物語を知りたい方にもおすすめです。
少年少女日本の歴史 源平の戦い: 平安時代末期
子ども向けだと侮るなかれ。安心・安定の学習漫画です。ふりがなつきで大きなカラー写真や資料も充実しており、大人が読んでもきっちり知識と教養を得られます。こちらの最大の特徴は、古典としてフィクションも交えられた平家物語ではなく、歴史に残された史実の平家物語を学べること。始終フラットな目線で、経緯をおいかけることができますよ。なお『学研まんが日本の歴史』シリーズなどDVD付きのものもあります。写真や映像でも知りたい方は、学習漫画系も選択肢に入れてみるのはいかがでしょうか。
NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』
▼オープニング映像はこちら
脚本:三谷幸喜
北条義時:小栗旬
源頼朝:大泉洋
平清盛:松平健
源義経:菅田将暉
ナレーター:長澤まさみ
音楽:エバン・コール【代表作:『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』『ハクメイとミコチ』など】
3D地図監修:シブサワ・コウ(コーエーテクモゲームス ゼネラルプロデューサー)【代表作:『信長の野望』『三國志』『仁王』など】
「大河=堅苦しい」のイメージを一掃。エンターテインメントのさまざまなジャンルの人間を起用し、全方位に興味を抱かせる最強の布陣で制作された大河ドラマです。平安末期から鎌倉初期にかけての権謀術数政略バトルを、北条政子の弟である北条義時を主人公に描いています。誰が裏切るのかわからない疑心暗鬼の展開が、コメディと群像劇の王様らしい三谷節でサクサク進行。とはいえ、時代考証や舞台調査等の基礎部分はしっかりとベテラン勢で固められているため、ゴリゴリの伝統大河ドラマがお好みの方も安心してご覧いただけますよ。松平健さんによる平清盛は、迫力・佇まい・演技、どの面においても必見です。ちなみに、キャストの声優枠はジャイアンの声優でお馴染みの木村昴さん。普段の陽気で面白い空気を一変させた、後白河法皇の皇子としての演技は素晴らしいの一言ですよ。
TVアニメ『平家物語』
原作:古川日出男訳 「平家物語」河出書房新社
監督:山田尚子
脚本:吉田玲子
キャラクター原案:高野文子
音楽:牛尾憲輔
アニメーション制作:サイエンスSARU
OPテーマ:羊文学「光るとき」
【キャスト】
びわ:悠木碧 / 平重盛:櫻井孝宏 / 平徳子:早見沙織 / 平清盛:玄田哲章 / 後白河法皇:千葉繁 / 平時子:井上喜久子 / 平維盛:入野自由 / 平資盛:岡本信彦 / 平清経:花江夏樹 / 平敦盛:村瀬歩 / 高倉天皇:西山宏太朗 / 平宗盛:檜山修之 / 平知盛:木村昴 / 平重衡:宮崎遊 / 静御前:水瀬いのり / 源頼朝:杉田智和 / 源義経:梶裕貴
令和の時代に、満を持してのアニメ化です!往年の名作『まんが日本昔ばなし』を彷彿とさせる個性的なデザインに、画面を鮮やかに彩る数々の日本の伝統色。2022冬アニメとして地上波放送開始前から、先行場面カットが公開されるたびに話題になりました。監督は『映画 けいおん!』や『映画 聲の形』を手がけられた山田尚子さん。儚すぎる幸せの描写と、ゆっくりと滅びへ向かう数々の演出は必見です。他の制作スタッフ陣もそうそうたる顔ぶれですが、声優さんたちも負けないくらい豪華。びわ役の悠木碧さんによる、琵琶法師としての語りの演技は、素晴らしい以外のなにものでもありませんよ。この先の運命がわかっているからこそ、すべてを見届けるには必ず悲哀が付きまといます。その気持ちにそっと寄り添い白い花を添えてくれるような、美しいアニメーションとしての平家物語をぜひお楽しみください。
能の演目では、平家物語を題材にしたものがなんと80曲以上もあります。有名なものだと、織田信長が桶狭間の戦いの前に舞ったと言われている『敦盛』や、「牛若丸」でお馴染みの『鞍馬天狗』でしょうか。音楽の授業では、弁慶が義経を逃がすために奔走する『安宅』などを扱うこともあるようです。(歌舞伎でも『勧進帳』として有名)日本の伝統芸能の入り口からも、平家物語を楽しんでみるのはいかがでしょうか。
その他おすすめ作品
・『新・平家物語』吉川英治
平家物語小説の鉄板。全12巻、電子書籍版は驚異の無料。文体も形式もとても古いため、ゴリゴリの歴史文学軍記もの好きさんにおすすめ。大体どこの図書館にも(閉架含)置いてある。これまで制作された映画やドラマの原作に多数採用されている。
・『宮尾本 平家物語』宮尾登美子
2005年のNHK大河ドラマ『義経』の原作小説。女流作家のお手本の如く、平家一門の女性たちに主に焦点を当てた内容。時代に翻弄される女性たちの、感情の機微など美しく繊細な表現が秀逸。一方で軍略政略などの権謀術数バトルシーンは皆無。
・『平家物語―あらすじで楽しむ源平の戦い』板坂 耀子 (中公新書)
二部構成の前半、きっちりまとめられたあらすじがとてもわかりやすい。後半は主要人物たちの関係を図式化したものがメイン。作者の私見が大幅に盛り込まれた大胆な図式が個性的。
・『平家物語』横山光輝
元々児童向けに描かれた『三国志』とは打って変わり、ほぼ史実学習漫画。古典分野というよりは日本史の切り口から描かれている。歴史考証のチェックが甘い部分もあるが、膨大な平家物語を試行錯誤の末漫画としてわかりやすくまとめた技術は至高の一言。ファンは必見。
・『遙かなる時空の中で3』コーエーテクモ
乙女ゲーム界に数々の史上初の伝説を作ったレジェンド。発売時期が時期のためシステム・絵柄・シナリオすべてに古さが目立つが、それを差し引いても圧巻のストーリー展開は全人類の心に何かしらの光を灯してくれる。女性向け源平入門作品・ゲーム部門では間違いなく金字塔。(男性向けは『源平合戦』)
まとめ
※「壇ノ浦」は、現在の山口県下関市・関門海峡の一角
ここまで読まれた多くの方が、詳しい内容は知らなくても、知っている単語を度々目にされてきたのではないでしょうか。誰もが知っている単語が、いくつかあるということ。それこそが、『平家物語』が私たちの文化に根付いているという、何よりの証拠です。大古典の面白さや素晴らしさを、あらすじだけで終わらせてしまうのはもったいないことです。ぜひ本に巻かれた帯のキャッチコピー、感想やレビューを参考にしながら、関連本もお手に取ってみてはいかがでしょうか。
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ライティング担当 : miz札幌在住30代2児の母。レトロゲームとクラシック音楽が大好きで時々自分でも弾く。ムーミンのアニメを観ることと、子どもたちの寝かしつけ後にやるサバイバルアクションホラーゲームが日々の癒し。博物館や郷土資料館の類が好きだが、シビアな開館時間の前によく惨敗している。インドア派だったのが活発すぎる子どもたちによってアウトドア派にさせられた。司馬遼太郎、M・ルブラン、川原泉、藤田和日郎作品が好き。 |